【メッセージから】アル依の旦那がいても不自由なく生活出来る毎日がありがたかったな
頂いたメッセージを紹介したいと思います。
あここさん、コメントありがとうございます。
この記事を読み本当にそうだな。と思いました。アル依の旦那があらゆる公的施設(病院、警察、救急車)にお世話になり修羅場の様な日々の時、私は小さい子供達を育てながら、この人さえ変わってくれれば、呑まないでいてくれれば‥と自分を我慢させ自分を犠牲にしていました。今、コロナ騒動で今までに体験した事のない経験
をし、先行きもわからない中、アル依の旦那がいても不自由なく生活出来る毎日がありがたかったな。と感じています。また、志村けんさんの訃報で、人はあっと言う間に亡くなるんだな。と感じた時、自分の人生をもっと大切に、最後は私の人生楽しかった!悔いなし!と笑える様に生きて行きたいと思いました。言う事を聞いてくれないアル依の旦那に、もう私の人生はあーげない🤗そんな時間も余裕もないってとこでしょうか😅病気だけど、呑む事で生きていけるなら、それを選ぶのも彼の人生の選択。私達家族は良くなる事を祈りながらも、自分の人生を素敵なものにしようと思いました。でも、出会ったあの頃に戻ってほしい。夫婦として分かり合いたい。何か夫婦の意味があるのかな。無駄な時間を過ごしているのかな。と言う思いも湧き出てくる事がありますが、我慢出来なくなったり、これは私の人生に必要ないと思えば、離れればいい。自分の気持ちに正直でいたいですね。
度々すみません。夫婦は離れる事が出来ますが、親子や血縁関係があるとなかなか難しいですね😭
色々なポイントから書いてくださったので、何回かに分けて書いていきたいなと思います。
今回はここ。
アル依の旦那がいても不自由なく生活出来る毎日がありがたかったな。と感じています。
拍手です。👏👏👏
本当そうなんですよね。
結局、誰がいても、
自分がその人を人生の中に入れるか入れないか
ってことなんですよね。
で、それは、何も別居とか離婚とか、勘当とか、断絶とか、そんな大袈裟な話じゃなくて、
「あの人、この人を自分の思い通りにしようとする」
その考えを自分の人生の中に入れるか、入れないかなんですよね。
なんだろう…
別にもう、極論、結婚してようが、子供がいようが、自分自身が毎日生き生きと人生を送って、笑顔で生かされていることに、日々感謝しながら生きてる中で、導かれて、その流れで、離婚とか別居とかになったら、もういいじゃないですか。それはそれで。って話ですよ。
割り切るとか、開き直るとか、馬鹿になるとかいうより、未来のことなんて、特に今のこのコロナの渦に生きている私たちは、まぢで全くもって、分からないのだから、もう、色々な変化の中で、
「そうなったらそうなったで、ありかな」
って思う余裕とか、ゆとりとかってめちゃくち大切だと思います。
結局、苦しめているのって、自分のがんじがらめの価値観だったり、固定観念だったり、慣習とか世間体とか、そういうものなんですよね。
たとえば、
結婚したら、離婚はよくない。とか。
子供がいたら、父親なしで片親だけは、よくないとか。
あとは、離婚とかシングルマザーは、負けとか、弱者とか…そういう考え方を持っていたりとか。
離婚は忍耐のなさとか、努力不足だ。甘えだ。とか。
あとはアルコール依存症はクズだとかとか。
そういう考えがまぢで自分を苦しめるんだと思います。
コロナのウイルスそのものよりも、これからどうなるんだろうっていう恐怖とか不安の方が何倍にも恐ろしくさせるみたいに、
アルコール依存症者そのものよりも、その先の未来とか、勝手にお先真っ暗とか結論づけちゃっていたり、このままじゃ幸せになれないとか決めつけている方がよっぽど苦しいんですよね。
↗︎余裕とかゆとりとかがなくなっちゃってる・・・
ってことに、気づくのめちゃくちゃ大切だと思います。
真の敵は、アルコール依存症じゃなくて、自分の中にあるってこと。
これがとことん認められると、生き方、選択が、徐々に変わってくるだろうなと思います。
あここさんの
アル依の旦那がいても不自由なく生活出来る毎日がありがたかったな。と感じています。
この気づきだって、あここさんの心の中から出てきているんですよね。
アルコール依存症の夫からじゃなくて。
もうね、アルコール依存症よりも、感謝なことの方が見えているわけですよ。
問題よりも、希望を見えてるわけですね。
ないものよりもあるもの。
失ったものよりも、取り返したもの。
・・・
すごいですよ。
👏👏👏
Noutiは、まだまだ問題を見てしまうところが沢山あります。
感謝よりも先に不安や恐れがくることも沢山あります。
毎日、毎日、時に感情のジェットコースターに乗ることもあるけれど、焦らず、少しずつ成長していきたいです。