アルコール依存症:Noutiブログ

脱アルコール依存症の病気:のうてぃ思考のNoutiブログ

今日1日だけ、依存症者の領域に踏み込まないこと!元アルコール依存妻のうてぃが、依存から自立へライフチェンジを目指す日々。自立して生きることを始めよう。Think Simple。

「自分は正しい」を切り離す

アルコール依存症の本人が、

酔っ払って、

黙り込んだり、

多弁になったり、

千鳥足になったり、

フラフラして、倒れたり、

ものを落としたり、

呂律が回っていなかったりすると、

 

家族側は、

相手を一瞬で問題視してしまう

時があります。

 

目の前の状況がどうであれ、

他人=間違い

と決め付けてしまうのはかなり危険です。

 

というのも、

他人=間違い

になった瞬間、

 

無意識的に、

自分=正しい

を主張してしまいがちだからです。

 

Noutiが夫とした数々のバトルの根源には、

いつも次の考え方がありました。

 

それは、

アルコール依存症の夫は間違っていて、私は正しい。

の考えです。

 

もしかしたら、確かにNoutiの方が正しい時もあったかもしれないし、

もしかしたら、見えていなかっただけで、夫の方が正しい時もあったかもしれない…。

 

でも、

どっちが正しい

は実は全然大切ではなくて、

 

「自分が正しい。相手は間違っている。」の姿勢で望むコミュニケーションは、成立しない。

 

ということです。

 

なぜなら、そこには、

最初から敵意があるし、

最初から決着をつけようとしているし、

その時点で、

そもそも会話をする状態が整っていません。

 

自分の正しさを主張するときには、相手のことをあまり聞きもしません。

 

そんな態度で、

アルコール依存症による症状を抱えた人と会話をするなら、大喧嘩になるのは当たり前。

むしろ、ならない方がおかしいくらいです。

 

 

 

自分が正しい、

自分が答えを持っている…。

この態度を改めるようになってから、

Noutiと夫の会話は随分と穏やかになってきました。

 

ヒートアップしそうな時は、

一度会話そのものをやめてみる。

 

すぐに、一瞬で結論を出さないといけないようなものなんて、そんなに沢山ありません。

 

すぐに、一瞬で結論を出さないといけない

と思っている時点で、既に冷静さを失っています。

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自分は間違っているかもしれない。何が本当に正しいのかはわからない。

 

この態度で望む会話は、

相手への敬意を生み出してくれます。

 

相手の話を聞こうとします。

相手をちゃんと一人の大人として見ています。

 

そんな状態の時は、

アルコール依存症者との会話から、

喧嘩になり、地獄になるなんてことは、

まずないです。