アルコール依存症:Noutiブログ

アルコール依存症:Nouti思考のNoutiブログ

心を強くして、乗り越えよう。Think Simple。

アルコール依存症者を愛せないなら

Noutiは、アルコール依存症の夫を、

本当に憎い!

と思っていました。

 

もっと恐ろしいことに、

本当に、死んでしまっても構わない!

くらいまで、絶望の淵に立っていました。

 

他人を憎むこと、

他人の死を望むようなこと、

 

これらは凄まじく破壊的で、

そう思っている自分の心をズタズタにさせます。

 

Noutiは、

アルコール依存症の夫に対して、

 

愛がない。

愛することができない。

愛するどころか、憎い。

 

と思っていました。

 

マザーテレサは、

愛の反対は無関心

だと言っていましたが、

 

正直、憎いのであれば、そこにはまだ関心があるから、

愛があるなど考えても、とてもじゃないけれど、

夫に対して、愛が存在しているようには思えない状態も通ってきました。

 

振り返ってみると、Noutiは、

愛せない自分を憎んでいました。

 

愛のない自分を嫌悪していました。

 

他人に対して破壊的な感情を抱く自分を、

ことごとく壊してしまいたいような気持ちになっていました。

 

だから、すごく苦しかったんです。

 

自分は今のままじゃダメだ

とずっと思っていました。

 

他人を愛せない自分に対して、

無価値

に感じていました。

 

自分は冷酷で、残酷で、

とるに足らないクズ

に見えて仕方なかったんです。

 

自分への嫌悪、憎悪、怒り・・・

そんな思いでいっぱいいっぱいでした。

 

Noutiはブログで、よく死にたくなることがあったと書いていますが、

まさにこういう思いで、心が充満された時に、

言葉通り、「死にたくなって」いました。

 

他人に破壊的な感情を抱く自分が、消えて無くなってしまいたい

という強い思いがあって、その思いこそ、自分をどこまでも地獄へと追いやりました。

 

もし、

アルコール依存症者を愛せないと思っているのなら、

まずは自分自身のことが全然愛せていないのでは・・・

と思います。

 

大切な自分を傷つけるアルコール依存症者が許せない!ではなくて、

そもそも自分が、自分を適当に扱っていて、

そんな中で、アルコール依存症者によってさらに傷つけられ、

自分を見失ってしまっているのだと思います。

 

Noutiが、アルコール依存症者が繰り返す言葉の暴力や態度によって、

否定的な反応をし続けてしまったのも、

自分が今でも倒れそうなほどに、自己否定をしていたり、

自分が自分を支えて、愛して、大切にしていなかった

からだと思います。

 

アルコール依存症という大きな問題を抱えた人に対して、

自分がどんな気持ちで接するかの前に、

 

まずは自分が自分に対して、日々、どんな気持ちで接するのか、

自分に優しく、

自分を労わり、

自分を愛して

あげられるか、そこからスタートするのではないかなと思います。

 

時に、

アルコール依存症の問題に対して、

医療関係者やカウンセリングの人たちは、

共依存にならないように、構うことをやめましょうか、

手を離しましょうとか言うけれど、

 

そう言われても・・・

ってどこか抵抗を持っていたNoutiでしたが、

 

今はその意味が、

アルコール依存症を気にしないで生きましょうではなくて、

自分を愛し、自分に優しく、自分を大切にすることを始めましょう

ということなんだな・・・

と感じています。