アルコール依存症:Noutiブログ

アルコール依存症:Nouti思考のNoutiブログ

心を強くして、乗り越えよう。Think Simple。

愛の動機と恐れの動機

Noutiがアルコール依存症という病気にがんじがらめになっていた時は、Noutiがするありとあらゆる行動は、アルコール依存症に対しての

恐れ動機

でした。

 

本当はしたくないけれど、

こうしておかないと面倒臭いことになるから、

する。

 

本当は言いたいけれど、

言うと怖いから、

言わない。

 

本当はしたいけれど、

することでまた暴れたら嫌だから、

しない。

 

 

アルコール依存症の顔色を伺い、

アルコール依存症の調子を見て、

自分の行動を決める。

 

そこにあったのは、

恐れでした。

 

今でも、恐れはあります。

 

多分、消えるものではないかもしれません。

 

でも、少なくとも、今は「恐れ」に縛られているときに、恐れに縛られているなとわかるので、

随分と自分を客観的に見ることができる

ようになったと思います。

 

恐れの動機からするありとあらゆる行動は、

不本意だったり、

本音ではなかったり、

演技であったり、

偽りであったり、

弱さであったり、

 

というものが色々混ざっています。

 

恐れの動機

でする行動は、それらの感情を引き継ぐことになるので、その場その場は丸く収まっても、

後から、嫌な毒がじわりじわりと出てきます。

 

恐れの動機の行動をやり続けると、

我慢を重ねることになります。

 

結果、どこかの時点で爆発します。

 

恐れの動機での行動を続けることは、

少しずつ、自分を病気にするようなもの。

 

家族にアルコール依存症がいて、

自分まで精神的におかしくなる。

自分まで精神科の診断が必要になってくる。

 

そんなことにすらなりかねません。

 

恐れの動機と対義語は、

愛の動機。

 

これは何も、アルコール依存症者に対する

愛の動機

だけでなくて、

自分に対する

愛の動機

も然り。

 

結局、自分も他人も大切にする。

 

時に他人が理不尽な要求をしてくるなら、

他人ではなくて、ちゃんと自分を守る。

 

自分の好きを大切にするし、

自分の時間も大切にする。

 

だから、Noと言わないといけないことには言う。

 

同時に、他人を思いやり、心を配ることも忘れない。

 

どちらでもいいことは、

愛の動機

から、時に他人に合わせる。

 

愛の動機から、他人のために「してあげたい」

と心から思う。

 

愛の動機からしたことは、

自分を傷つけない。

 

むしろ、

「与える」関係

だから、結果的には自分の心も満たされます。

 

恐れの動機は、

「奪われる」関係

だから、結果的に自分の心は空虚になってしまうのです。

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